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w-qey’s blog

日々の入院日記です。双極性障害とPTSDと摂食障害です。

私は叫ぶ、叫ばずにはいられない

泣くこと、笑うこと、怒ること

 

歌うこと、書くこと、描くこと

 

頑張ること、落ち込むこと、立ち上がること

 

もっと、もっと、もっと

 

叫ぶことは無限に広がる

 

音になるもの、ならないもの

 

外に、内に、モノに

 

聞こえても、聞こえなくても

 

響いても、響かなくても

 

私は叫ぶ

 

叫ばずにはいられない

 

この世に生を享けてから

 

私は叫ぶことからスタートした

 

誰かに気付いてほしい、届いてほしい

 

自分を奮い起こすため、勇気を絞り出すため

 

私は叫ぶ

 

叫ばずにはいられない

 

ふつふつと心の中に浮遊しているもの

 

もやもやと身体の中を捉えているもの

 

手段はそれぞれ、とりどりなカタチになって

 

静かにだって、声にならなくたって

 

私は叫ぶ

 

叫ばずにはいられない

 

認める、強いこと、弱いこと

 

確かめる、愛すること、愛されること

 

他者を自分自身を

 

最初から最後まで

 

たった一人で

 

私たちは叫び続ける

 

叫ばずにはいられない

 

それが生きている証し

 

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入院生活22日目。

こんばんは。

鬱です。しんどいです。

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おすすめの曲載せて終わりにします。

それでは今日も一日お疲れ様でした。

障害を持つという事について②

手助けの手。

 

当たり前の手助け、それが必要だと思うのなら、受ける。

 

受けなくても構わなければ、受けないが、有ると助かる。

 

心掛けて貰える、気にして貰える。

 

それが当たり前の様であるが、受け取り方はそれぞれ。

 

そう言った行為に、慣れる事が出来ない、馴染まない方も、居る。


助ける事、助けられる事。

 

その気持ちをどう、汲み取る事が出来るか。

 

上手く汲み取れれば良いが、中々に、難しい。

 

何処までして貰えるのか、何処までして欲しいのか。

 

お互いの差異と言うモノは、見えない、聞こえない、感じられない。
 

その、物差しとでも言えるモノは、存在しない。

 

お互いに、時間を掛けて、その規格と言えるモノがおぼろげに出来る。

 

それを、別の方に使用する事は出来ない。

 

だが、その曖昧な規格の幅を拡げ、差異を縮める事は、可能だろう。

 

私にとって言える事は、障害を持つという事は、生涯ソレと向き合い、付き合って行くという事。

 

当たり前(健常)を0とすると、障害は-1である。

 

当たり前(障害有り)を0とすると、健常に近づく事は+1である。

 

だが、それは健常者にとっての0でも有る。

-1でも有る。0に近づいた事でしか、ない。

 

それをどう見るのか、それは個人毎に別れる事なので、何とも言えない。

 

健常者は、生涯、健常である事は、無い。障害を持つ事も、十分に有り得る。

 

障害を、自分が、与え得る事も有り。自分が、成り得る事も有る。

 

私は、私自身の事を、良くは分からない。

 

今こうしていられるが、何時どうなるかは判らない。

 

不安がある。誰かと一緒に在る事が出来るのか。

 

その性質は、後々に引き継がれてしまうのか。

 

気にしても、如何し様もない事でもある。

 

だが、考えてしまう。怖くなってしまう。自棄になってしまう。諦めてしまう。不安な気持ちで生きてしまう。
 

それでも、まだ楽しみが有る。楽しくなってしまう。冒険したくなってしまう。追い求めてしまう。安心してしまう。
 

そう言った事を、繰り返している。

 

 

追記

 

精神障害者ですが、20歳過ぎるまでは、健常者として、頑張ってみましたが、さすがにもう難しいかと思い。
最近になって、やっと、障害者手帳を申請しました。
それまでは出来るだけ、自分の障害について、考えない様に、気にしない様に、していました。
気にしなければ、考えないで済みましたから。
落ち込む事も、嫌な思いも、しないで済んでいたので。他の人から言われると、物凄く気にしなければならない、痛くなる気がするから。
実際、言われなければ、痛くないと思えたのに、言われた途端、痛いのを気にしなければならないと、痛みに拍車が掛かった気もします。

障害を持つという事について①

私自身、障害者です。

身体障害とは別で精神障害

目に見えないがために世間は冷たくて

そんな私を受け入れてくれず社会から孤立。

 

私が障害者だとわかったのはある日友達が「あんた障害あるんちゃうん」という一言でした。

 

その当時は躁と鬱が激しくて一日で気分が変わったりしていました。あと生まれた頃から心と身体の性別が一致しないがために髪型や服装も男子と同じだったり仕草も口調も男子みたいでした。

 

その時まで今まで私は自分が普通と思い生きてきました。決して障害者だと思った事は1度もありませんでした。

 

何故友達は私を障害者だと言うのか。何故友達は私が障害者だと思うのか。

 

その時の私にとって、障害が有るという事は、わかっておらず、息をする事と同意義であり、からかいや、それを可笑しがったりする事は、

 

全く判らない事だった。

 

周りが可笑しがっている、なら、それでも構わないか、とも考えていた。

 

だが、歳が経つにつれて、その事は大きな差になってきた。

 

同じ事が出来ない、同じ様に考えられない、話に付いて行くことすら、難しい。

 

皆先に行ってしまう。それでも、遅れても付いて行く。

 

だがそれは疎まれてしまう。何故、同じ事が出来ないのか。何故、同じ様に進めないのか。

 

それを理解する事が出来ない。

 

友人達にとって、出来て当たり前の事は、多少の差異は有れど、出来なければオカシイ。

 

出来て当たり前の世界に居る。

 

それ以外、というモノを、感じるには、まだまだ世界は狭すぎた。

 

私にとっての世界と、友人達の世界には、大きなズレが有った。

 

人が居れば、それぞれ、違いは有るが、概ね共通している。

 

私と友人達には、接点は有るが、その範囲のズレというモノが大きかった。
 

私にとって、障害とは、何処にでもあるモノであり。誰もが知っているモノだと考えていた。

 

実際、そういったモノを当たり前に目にしていたし、それが、当たり前の世界だと感じていた。
 

友人達にとっては、障害と言うモノは、曖昧であり、滅多に目にする事のない、非日常であった。

 

理解したくても、理解する事自体が難しい。
実際に体験できるモノでも無いし、だからと言って、成る訳にもいかない。

 

擬似体験は出来るだろうが、体験し続ける事は、無理である。

 

ほんの一時、体験したとして、理解出来たとして。それがどの位、理解出来るのか?

 

ほんの一握りの、極僅かなモノしか、判らない。膨大な時間の一時。そこから続く一時。

 

それが、当たり前の世界。
それでも、その僅かでも、理解しようとし、努力する事は、私個人としては、ありがたい。

 

生と死について

生と死をついて考える


私は大した事は言えないが、常に生と死について問い続けている。

 

答えが出る訳でも見付かる訳でもないが、問い続けようと思い考え続ける事にしている。

 

一応の答えが出るとしたら、それは私が死に面した時だと思う。

 

私は生きている事を、苦痛に感じ、死にたいと思った事も有る。

 

死にたいが、生きたいとも、思っていた。

 

どちらが正しいのか、悪いのか、答えは出ない。

 

だけど、まだ、生きている。
それが、答えでもあるが、その時、死んで居ればと考える事も、また有る。

 

死んでも構わないから、旅に出た事も、有った。

 

出た途端に死にたくないと思い、何が有っても生きて帰る!と決意した事も有る。

 

死を厭いはしないが、生きる事にも、疎みはしない。

 

訳が判らないが、それで良いとも思う。

 

答えはまだ、見付かってもいないから。
生きる事を、生きている事を、どう考えるか。

 

意味が有ると考えるのか、意味は無いと考えるのかは、それぞれ。

 

私は意味は有ると思う、生きて居たいと思うから、それだけの意味は有ると感じる。

 

意味が無ければ、死んだ方が良いのかは、判らない。

 

まだ生きている事や、死んでいないのだから、生きて見ようと考えている。

 

私には、未練が有る。

 

そう大層なモノではないが、まだまだ、死にたいと思うほど、生きては居ないのだと考える。

 

何時までも、生きては居ないだろうが、それが今だとは、考えていない。

 

それでも、何時かは、死ぬだろうが、もう少し、もっと、ずーっと先である事を望む。
 

その時、どうなっているかは判らないが、目指せ大往生!を目標にしている。

 

旅先の客死に憧れる事も有った。
道半ばで野たれ死ぬ事も、覚悟した事も有った。

 

でも、まだ生きているのだから、まだまだ、この世を楽しみたいとも、感じている。

 

死ぬ事は、怖い。
死んでしまったとしたら、怖い。
死ぬと判ってしまったら、怖い。

 

何も出来なくなってしまう事が、最も怖い。

 

その時には、未練は無いかもしれないが、何も出来ないと言う事が、今の私には、怖すぎる。

 

生きる事が辛くても、生きている事の方が辛くても、何も出来なくなる事の方が、最も怖すぎて、私は生きたいと思う。

 

何時かは、もう良いかな?と思う時が来るまでは、生きて居ようと思う。

 

その時に死ねるかは判らないし、何時かお迎えが来た時にでも、どうするかは、考える事にしよう。どうなるかは、まだ判らないし。

 

だから、私はまだ死にたくは無い。

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自分の生き方について

今までの自分の生活パターンを少し変えて自分の時間を作っています。気分的にもそのほうが落ち着いていられるのでいいですね。私に残っている人生の時間を私は私の好きなように過ごそうと決めてから気分も楽になりました。人に迷惑をかけないのなら自分の好きなように自分の人生の時間を過ごせば良いのですね。

 

振り返ってみれば、基本的に私は私のしたいことをして今まで生きてきましたが、これからはもっと自分の好きなように生きようと思いました。では自分が好きなように生きるとはどのようなことなのでしょう?それは今の病気を治して続け、人様に迷惑をかけないのなら、全く自分に対する社会的評価を気にしないという生き方です。

 

大体世の中というのは何をしても何か人から言われます。お釈迦様も「黙っていてもそしられ、話してもそしられ、およそこの世にそしられない者は居ない。」と言っておられます。それが世の中なのですね。お釈迦様でも悪口をいう奴が2500年前のインドにがいたのです。それが人の世なのですね。

 

そのような人の世に住みながら、自分のしなければならないことを一生懸命して、後は好きなように生きるということが、私は私の人生を全うすることになると思っています。人は自分への評価をあまりにも気にするあまり、自分が好きなように生きられなくなります。どうせこの世の中は自分が思う通りにはならないものです。だからできるだけ自分が楽しいなと思えることをする努力が必要なのですね。

 

人生が「自分が生きたいように生きられない辛い一生でした」では、一回しか無い人生があまりにももったいない気がするのですね。もちろん生きていくには色々な制約がありますが、その中でできるだけ自分が好きなように生きる心の姿勢は大切だと思います。そしてそのような生き方に共感し、一緒に人生を歩んでくれる人が居たらそれは幸せなことですね。やはり人は一人では生きていけないのです。遠く離れていても自分に共感し理解してくれる人が居たら、それはもう自分一人では無いのですね。身近に理解してくれる人が居ればそれこそもっと幸せなことです。

 

私はもう両親も他界し、自分以外に帰るところもありません。兄はいますが私のところに帰ってきてくれません。私が帰る所があるとすれは私自身と禅と禅の生き方を共有できる仲間ですね。これから私が人生の選択をしなければいけない場面では私が一番好きなのは何かなということを基準に決めていきたいと思います。その基準が世間で私がどう評価されるか?どのように見られるか?でないことは確かですね。そんなことは私にとってもうどうでも良いことです。

 

これから死ぬまでの間は自分が心から納得できる生き方をしていきたいですね。そんなことが私の好きなように生きることにはならないのですね。もうそんなことは私の人生でやり尽くしたことです。そういうことをいくらしても無限である自分の心は満たされないのです。

 

これからは好きな事をしながら自分が好きだなと思う人達と一緒に自然を愛で、自然の中で日々の生活を楽しみながら毎日暮していけばそれで幸せです。考えてみれば元々私達の心は自由なのです。それに色々な制限を設けているのは自分自身なのですね。無限の心はやはり無限のものでしか満たすことはできません。自分が好きだなと思う人の心も無限です。

 

私は今まで歳をとるのが嫌だなと思っていました。自分が老いていってジジイになるのが嫌だったのですね。でも、同じ事をしている私が大好きな友達の言葉ではっと気付くことがありました。それはこれから素晴らしい年寄りになるよう歳をとるということです。私は年寄りを見ていてその嫌な部分だけに目を向けて自分もそうなることを怖がっていましたが、それは間違いなのですね。そういう風にならないよう、それを反面教師としてこれからは素晴らしい年寄りになるよう生きていきたいと思います。そう思うと歳をとるのも楽しみですね。人生は心の置き所一つでゴロッと変わります。私はこれから死ぬまでの時間がとっても楽しみですよ。

 

 

入院生活21日目。

21日目です。

早いようで遅いです。

退院なんてまだまだ先です。

外出外泊もまだまだ先です。

あと半年、一年かかると思います。

 

体重があと+5kgと血圧も正常になるまで退院なんてできません。依存症治療も終わってないし。これからかって思うと先が見えてこない。本当にいっそ消えたくなる。死にたくなる。

 

まだまだ答えは出ないが

一応今の段階では、生きて居たい。
まだ、死にたくは無い。
また、考える事が有り、別の答えが出た時はそれも書いてみようと思う。
まだまだ死にたくは無いし、死ぬ気も無い私。