w-qey’s blog

日々の入院日記です。双極性障害とPTSDと摂食障害です。

恐怖と勇気について

 

私には怖いモノが有る。

 

山程ある。腐る程ある。

 

偶に腐って無くなってしまえば良いのに、と思う事も。

 

それでも私には、勇気が有る、度胸が有る、などと言われる事が有る。
その時、私は常に疑問に思う。

 

私は自分が勇敢だとも、勇猛だとも、思わない。臆病な方であると。
何かが有るならば、逃げ出したい、と思う事が多い。

 

それでも、逃げずに向かって行く事には、勇気ではなく、覚悟をして、向かう事にしている。
そうなるかもしれない、そうなってしまうだろう、そうなるかもしれない。

 

そうなるかも知れないと覚え、そうなるかも知れないと悟ってから、行動する。
ただ、それだけである。


私には、怖いモノが多い。
様々なモノ。様々な物。様々な者。
怖いモノが、多すぎる。

 

だが、それでも、それに押し潰されないのは、そうなったとしても、そうなるかも知れないとしても、そうであったとしても、構わないかな?と考え、その事を覚悟して、生き様と思ったからである。

 

それでも、怖いモノは怖い。
常に、押し潰されそうになる。
常に、呑み込まれそうになる。
それでも、怖いが、まだ生きられるかな?と思い、行動する。


私は、異性が怖い。
同年代が怖い。
相手が、どう思っているのかが、判らない事が、怖い。
それでも、話す事も、接する事も、出来る。
だが、怖いと思ってしまう。

 

私は、高校生の頃、異性の相手に、好きな異性は居ないのか、聞かれた。
誰にも話さないと約束して貰い、勇気を持って「同性が好き」と話した。
速攻で(5分で)破られた。
 

それ以来、四半世紀経っても、苦手意識は、消えない。


勇気を持って、行動する事は少ないが、覚悟を持って、行動する事は、出来る。
私にとって、勇気を持つ事と、覚悟を持つ事は、少し違う。

 

勇気を持つ。 その先が見えない。そうなったら、良いなという楽観視しての事。

覚悟を持つ。 その先がどうなるか、有る程度分かる。最悪も最善も考えた上で、行動する事。

 

私は、未だに怖いモノは克服できないが、覚悟を持って行動する事は、出来る。
それでも、怖い事には変わらない。

 

その為、この年になっても、憧れは有るものの、覚悟を持って、相手に接し様と思う相手に、出会う事が無い。安易な気持ちで接する事も、出来ないで居るが。


勇気を持って、覚悟をして、行動する事が出来れば、様々な事は解決できるが、その勇気は中々に、持つ事が難しい。


私個人は、勇気と、度胸と、覚悟は、それぞれ同じ様にも思えるが、違うと思う。

勇気は、切っ掛けでしかない。そうしたら、どうなる?と言う、好奇心。

 

度胸は、見栄でしかない。そう見られなければならない。虚栄心。

覚悟は、行動でしかない。そうなっても、構わない、と思う。在り方。

 

その様に考えた。


私は、覚悟を決め、行動する。

 

海外に一人旅する時も、旅先で野垂れ死にするかもしれない。

 

強盗に襲われ、そのまま帰れなくなるかもしれない。

 

手足を喪うかもしれない。目や耳を喪うかもしれない。

 

それでも、旅をしたい、行って見たい。
その覚悟を持って、行動する。

 

安易な気持ちで、覚悟をしたのではなく。
考え、どうなるかも想定した上で、行動する。

その先は判らないが、行動する事が出来た。


それでも、覚悟する事は、必要だと考える。
その事を、後悔する事も有るだろうが、それも、覚悟の上である。

 

怖いままで、動けなくなる事の方が、怖いと考えてしまう。

 

臆病者と思われるかもしれないが、それも、覚悟した上で、考えている。

 

その事について、どう思われるか。

 

ご意見が有れば、お願いしたい。