w-qey’s blog

解離性障害とPTSDと薬物依存症です。不定期に更新します。

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ここの所、たくさん泣きました。

けれども、数日前のような酷い落ち込みはやってきません。

上がってくるまでの時間も少しずつ短くなってきています。

よく「その人の苦しみはその人にしかわからない」と言うけれど

それって本当のことだなと思います。

たとえ、はたから見たときに「そんな小さな原因で」と感じたって

その人にとってその人の胸の内を大きく占める悩みだったら

やっぱり、それは深刻な悩みなんです。

たとえ、同じような経験をして、同じような苦しみを味わっていたとしても

その苦しみだって千差万別。

苦しんでいる人のことを、全部理解することはできません。

けれども、その苦しみを感じ取って「力になりたい」と思うことはできます。

それに伴う行動を起こすこともできます。それで十分だと思います。

パートナーだったあの人は、きっと、ずっと心の中で、私の力になりたいと思って

くれていたんです。

でも、どうすることもできませんでした。

私は、それであの人を責めてしまいました。

己を病んでしまうほどに、私のことを思ってくれていたのに。

今更ながら気付きました。本当に申し訳ないです。

逢える日は来るだろうか。

ありがとうって言いたいです。

ごめんなさいって言いたいです。

元気にしていますか。

 

あれから3年。

もうすぐで3年が経とうとしています。

こんなにも色々あった3年は人生で初めてです。

昨年の11月頃は本当に死にかけていました。

希死念慮によって、自己瀉血重篤な貧血、メスで右腕を切り右腕腱断裂。

その後形成外科へ1ヵ月の入院。それから4ヵ月の精神科への医療保護入院

あの時死んでいればこんなにもたくさんの人に

迷惑をかけずに済んだのに。もう遅いですよね。

あのまま入院せず2ヵ月ぐらい同じ生活をしていたら

間違いなく死んでいたと思います。というか死にたかった。

適当に生き過ぎました。

身内のことも愛した人もお世話になった人も友人も

自分の体や心もどうなってもいいと本気で思っていました。

自分がボロボロになっていくことで罪滅ぼしになっていたんだと思う。

でもそれは間違っていたことに気が付きました。

周りの人たちには偉そうなことを言ってしまっているけど

自分自身に一番言い聞かせるべきだった。

周りの人たちは自分よりはるかに真面目で

自分よりバカはいないのがわかります。

本当に悔しい思いでいっぱいです。

中途半端に生き残るなら死んだ方が100倍良かったです。

何もできなくてただ周りの人に迷惑をかけるだけなら

死んだ方が周りの人にとっても自分にとってもいいことだと思う。

どこまでもかっこ悪い自分、本当にごめんなさい。

どうにでもなれと思ってやったのだから、自分はどうかしてるんだと思う。

 

次に逢うときは君の空色の傘を

私はとても冷たい雨に打たれて、あまりの寒さと寂しさに

ずっとずっと泣いていました。君はそんな私を見かねて

冷たい雨の中、隣に走り寄ってきてくれました。

私も君も傘を持ってなかったから私は君を責めました。

「これじゃ雨をしのげない、どうして私の上にかざすものを持ってきてくれなかったの」

君は申し訳なさそうな顔をしてごめんなさいごめんなさいと言いました。

それでも私の隣に居てくれました。

雨の冷たさは増すばかりで私の手足の指先は痛んでいました。

君の手足の指先も痛んでいたことでしょう。

でも私は自分の痛みをどう和らげようかそればかり考えていて

君が隣に居ることを当たり前のことだと思っていました。

永い永い時間を私と共にしてくれていたのですね。

君もとうとう泣き出してしまいました。

ごめんなさいごめんなさいと繰り返しながら

「私も身体中が痛いよ」と私の隣から走り去ってしまいました。

私の隣にぽっかりとあいた空間を感じた瞬間

君がどれだけ温かな存在だったのか、どれだけ私が傲慢だったのか

悟りました。空虚感とやり場のない怒りだけが残りました。

冷たい雨の中、君が私にくれようとしていたもの、形を成さないかけがえのないもの。

どうして君を責めることができますか?

雨はまだ降っています。けれどやわらかく秋雨のようになってきました。

私の手足も治ってきています。

君の雨は止みましたか?

痛みは和らぎましたか?

もう泣いていませんか?

私の痛みが全て消えたとき、もし君がまだ苦しい痛いと言うのだったら

今度は私が傘を持ってどんな大雨の中でも君の傍に参りましょう。

ほら、ここはもう薄日がだいぶ差してきているよ。

暖かくなってきているよ、明るくなってきているよ。

私はずっと待ってるよ、私は待つことしかできません。

小石

私は

私の目の前で這っている君に1つずつ小石をのせていきました。

君が私から遠ざかろうとするから1つずつ小石をのせていきました。

君が私の涙を拭ってくれないから1つずつ小石をのせていきました。

君が私の悲鳴に気づいてくれないから1つずつ小石をのせていきました。

君が私の事を理解しようとしてくれないから1つずつ小石をのせていきました。

君が私の事を人としてじゃなくモノとして扱ったから1つずつ小石をのせていきました。

やがて小石は積み上がり積み上がり君の上に山となりました。

私はそのまま待ちました君が何も言わないから私はそのまま待ちました。

君の下に塩辛い水溜まりができていて私は初めて知ったのです。

君の呼吸がもうすぐに途切れそうな事を私は初めて知ったのです。

私の胸は急激に凍りつきました顔から血の気が失せました。

私は慌てて君の上に積み上げた小石を払い落としました。

それでも私はどこまでも傲慢でした。

さあどこにでもいけ今でも僕の胸をチクチクと刺します。

フラフラと遠座っていた君の後ろ姿はお元気ですか、君の笑顔を戻っていますか?

 

記憶回復

今日は1つ作業ができた。

役所に出す書類がかけた。

だから1つ、自分を許せた。

最近、病院にも行けません。

週3回の訪問看護で何とか生活しています。

これから、もう寝て、またエネルギーを充電しようかな。

でも今日は色々思い出したので。

 

私が解離性障害と診断されたのとだいたい同じ時期に、私がとても負担をかけてしまった人がいます。(3年前)

 

10月ぐらいから3月ぐらいまで、彼女はずっと私と一緒にいてくれました。ご飯も洗濯も掃除も全てしてくれていました。その間、ずっとずっと私は彼女に負担をかけていました。

ある日突然、泣きながら言われました。

「私も本当は死にたくてしょうがない」

ああ、そうだったんだ。私はそこまで彼女を追い詰めていたんだ。

そう言われた夜、一晩狂ったように泣きました。

無心であるだけの薬を飲みました。

こんな自分が許せない、消えてしまいたいと思いました。

 

結局、私は彼女の状態を真に知るまで、心のどこかで彼女を責めていたんです。

どうして最後まで助けてくれなかったのか。

私に大切と言ったのに、何故裏切ったのか。

どうして、どうして。そう思っていた自分があまりにも愚かな存在に思えました。

 

今は、彼女とは距離を置いています。

だから、もう一度君を相方と呼ばせてください。

私がこうなったのも君がそうなったのも、誰の何のせいでもないのだと先生は言っていました。

だから、私が私を責めたって、君が君を責めたって何にもならないんです。

 

今は、お互い、自分が健やかである事だけを考えて生きていこう。

 

大好きだよ。

僕の心の中には他人は絶対に入ってはいけないエリアがあって、そこにいつ何時侵入されるかもしれないという怖さをいつも抱えていた。それは学校では明るく強い僕が、家では親から酷い暴力を受けているということ、そしてそれに悩み、毎晩涙が止まらないということ。僕のことを明るく、強く、頼もしいと慕ってくれる同級生達はきっと、弱い僕を知ったら幻滅するだろう、「なんだ、学校での姿と全然違うじゃないか」と先生達に馬鹿にされないだろうか。当時はそんなことばかり考えていた。いろんな否定的な考えがふつふつと湧いてきて、結局、自分の深刻な悩みを誰にも相談することはできなかった。それは小さな世界が崩壊するかのように、何よりも勇気のいることだったのだ。

AC(アダルトチルドレン)について

21歳になり今までたくさんの別れを経験しました。

 

誰もが想像しないほど些細な事で信じられないほど何度もです。

 

大切な友達も恋人も今となってはみんな私の側にはいません。

 

今までなぜかわからないけど、心の中にずっと晴れない真っ暗闇があるような感覚で生きてきました。

 

いつも大切な人との関係ほどうまくいかなくなり自分に嘘をついて、相手のせいにしてその場から逃げて来ました。

なぜだろう…。

何度も何度も考えたはずがまた何度も同じループにはまっている。

その繰り返し。

もう、私には誰の側にもいる資格はないと諦めた時に前のパートナーに出会いました。

彼女は本当に人にまったく興味のない人。

愛されてる感覚は全くありませんでした。

相変わらず私も相手を思い通りにしようと彼に食ってかかる毎日。

今回もダメだろう…。

正直、諦めてました。

なのに不思議な物でいつもの言い合いで私はある事に気付きました。

私は愛されたいんだと。

この感覚は何なのかと思い私はインターネットで調べ始めたところ、

私はアダルトチルドレンなんだと言う事が分かりました。

なぜか嫌な気持ちは無く

長年探し続けた答えを見つけ出せてすっきりするような感覚でした。

そこから私は愛し方も愛され方も知らないんだと。

愛情や好意や、相手が自分を必要としているということさえも私には一切感じる機能が備わっていないという事に気付いたんです。

それは相手にとって自分が必要なのかという事に異常なほど固執しているという事なのです。

相手がどれだけ自分を大切だと言われようとそれを信じる事が出来ないからです。

全ての人を信じていないんです。

裏を返すなら、信じられないと言うよりも絶対に裏切られると言う張り詰めた生き方。

気付けば私の周りは360度私を傷つける敵だらけでした。

そして、私の心の中はまったく貯蔵されない底抜けタンクのようにもらった愛情は全て感じる事なく吐き出され、私は愛情だけを欲するお化けになってはいました。

この人なら愛してくれる。

愛されなかったからこのじゃない。

そんな思いの繰り返しで出会いをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

きっといつか私を受け止め、必要としてくれる人が居るはずだと、私を大切にしてくれた人達をたくさん傷つけてきました。

100%の愛情を望んだが為に大切な人達を失って来ました。

失うたびに自分も傷つきながら。

まるで地獄に向かうループ。

終わりのない苦しみ。

なぜ私が…。

実際、私がこうなった事に私自身の責任は無くただ、幼少期に運悪く寂しい思いをして自分の存在を許せる場にいれなかったからとしか言いようがないんです。

そんな自分の境遇を心から恨んだ事もありました。

21年晴れない気持ちに苦しみ続けたのですから。

しかし、今は私自身も成人になり

この今まで感じた出来事は何か意味があったんだと思いながら今だに新しい発見をしながらも晴れない気持ちと戦い生きています。

まだ完全に良くなった訳ではありませんが必ず良くなるんだと信じています。

家族も友達も恋人も全てまとめてそれは愛で。

きっとこの苦しみを味わったからこそ見つけられる愛があるのだと私は思います。

愛を欲する前に、そして誰かを愛する前に今度はしっかり自分を愛していこうと私は思っています。

きっと常に自分の心の中にある闇の正体に気付かずに日々苦しんで生きている方はたくさんいるんだと思います。

それでもきっといい事もあるし、

ついてるなんて嬉しくなる日もある。

ついてないな~と思っていた時のまるでサプライズのような突然のいい出来事は全てをちゃらにする。

悲しくて悲しくてどうしようもない時に誰かに優しくされるとあたたかい気持ちになってまた元気に過ごせる。

たくさん悲しんだから

たくさん泣いたから

たくさん苦しんだから

あとは人生良いことしかないだろう。

それにこんなに苦しんで時間を無駄にした分、絶対に取り返して残りの人生は満足してやろう。

私はそう考えています。

希望だけは絶対に捨てずに生きていこうと思うんです。

 

きっと希望だけは信じれば誰にでも平等にあるはずですから。

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